FC2ブログ

今日はまた渋谷へ行ってソフトの下見をしてきました。
Cubase Studio 4 を買うことは決定事項として、音源として何をそろえるかを見に行きました。
最有力候補としてDirigentの「Kontakt 3」が挙がりました。
→メーカーページ
量と質、汎用性とカスタマイズ性、全部が高次元でそろっています。これだ!という感じでした。

さて、こんないい音源とシーケンサーを手に入れたところで、何が変わるのか。そんなお話をちょっとしようかなと思います。
たとえばオーケストラ音楽の質を決めるものはなんでしょうか?
自分は大まかに4つあると考えてます。
1つ目が作曲者、2つ目が指揮者、3つ目が演奏者、4つ目が楽器。
まず曲がいい曲となるためには、作曲者がいい曲を書かなくてはいけません。そのため作曲者が曲の質の大部分を決めることになります。いい曲を作りたければ、作曲者が努力なりひらめきなりを駆使しなければなりません。
指揮者は出来上がった曲を解釈し、曲のよさを引き出して、演奏者に伝えなくてはいけません。いくら曲がいい曲でも、指揮者がへぼいと、曲はその良さを十分に再現されません。
演奏者は指揮者に言われたことを十分に理解して再現しなくてはいけません。演奏者が指揮者の言うとおりに演奏できる技術を持っていなければ曲はうまく演奏されません。
そして楽器がへぼい楽器だと、いい音が鳴らないのでいくら演奏者が頑張っても限界が生じてしまいます。

DTMにおいて、作曲者は作曲者自信なわけですが、指揮者はシーケンサー、演奏者と楽器は音源となります。
指揮者としてのシーケンサーが表現できる演奏方法がより作曲者の意図の通りに調節可能であれば、より作曲者の理想の演奏方法を再現できます。これは、エフェクターや音色の微調整などがいかに巧みに設定できるかということが重要となります。それゆえ、シーケンサーが豪華であれば、より作曲者の理想通りの演奏が可能となるわけです。
演奏者としての音源は、信号の処理能力によってその良しあしが変わってきます。同時発音数や、処理速度などが重要となってきます。それゆえ音源が豪華であればより多彩な演奏が可能になります。
そして楽器としての音源がよければ、より良い音が演奏されるのは言うまでもありません。

結局のところ、DTMを操る人間の理想の音楽像がどれくらい再現できるかということが、DTMソフトに左右されるわけですね。ですから、別にいい理想像の思い浮かばない作曲者にとっては豪華なソフトは宝の持ち腐れだったりするわけです。

実のところ、今公開して音楽でいえば「天使の夢」や「銀世界で」とかに関しては、あれで十分と考えているんです。しかし、「神々の乱舞」「黄金の晩餐」「A-ZU-MA」そして多くの歌入りの曲に関してはまるで満足していません。もっとずっといい曲にできると考えています。そういう曲が、今度新しく揃えるDTM環境ではよりブラッシュアップできるのではないかと期待しています。

4月以降に行動を開始します。今後のOUpS.zeroのサウンドにご期待下さい。
2008年03月21日 | Comments(0) | Trackback(0) | 作曲
コメント

管理者だけに表示する
 | HOME | 

プロフィール

Twitter

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別記事

リンク

友達申請

ブログ内検索

RSSフィード